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アーティスト紹介: フィリップ・タン

今回の記事は個人的に親しくさせてもらっているコミック・アーティスト、フィリップ・タンについて。
Tan artist pic


アメリカ西海岸時間2013年4月17日深夜、ジム・リーの描いたスーパーマンのペンシル画を前に、フィリップ・タンはいつになく慎重に、インクを入れ始めた。ジム・リーが描いた鉛筆画をみるだけでも心臓が止まりそうなのに、それにフィリップが得意の筆でインクを入れるという・・・凄い現場に私は立ち会っていた。フィリップが鉛筆、あるいはペンや筆で、原稿やコミッションを信じられない早さで描いているのを何度も見たことがあるが、憧れのスターの描いた下書きに対する敬意からか、今回ばかりは素人の私ですら彼が迷いながら描いていたのが判った。

アナハイム市で開催されるワンダーコン前夜、私はフィリップ・タンと共にLA郊外にある、彼のArt Sales Repのカーク・ディベックの家に泊まりがけで、次の日の準備をしていた。私はカークとプリントの準備や初売りに出す原稿の山を仕分けする一方、フィリップはワンダーコン用に描かなければならないコミッションに精力を注いでいた。コミック原稿の締め切りは何があっても絶対厳守する事で、業界のエディターの間で彼は評判なのだが、コミッションだけは依頼があってから描き始めるのに非常に時間がかかる。熱心なファンですら何年もリスト待ちが続いている状況だ。
Tan Avengers <画像>2005年作。初期の傑作Avengersのコミッション


そんなフィリップもワンダーコンで依頼主に直接手渡すために、前日に緊急でやらなければならないコミッションが入ってきた。ジム・リーの手によるペンシルアートのインクジョブ・・・ジム・リー御大の側近から依頼されたこのコミッションは、ワーナー上層部と親密な交流がある取引先へのプレゼント用の描き下ろしで、世間には発表されることのない非公開作品。ファンとしてこの超貴重な現場を目に焼き付けようとドキドキしながら見させてもらったが、仕上がった作品は、一本一本の線に溢れんばかりの情熱が注がれた、本当に凄い絵だった。

フィリップが筆を進めていく過程で、特に印象的だったのが、ジムの描いた鼻がどうしても気に入らず、彼の中で悩みに悩んだ挙句、「いっそのこと自分ならこう描く。」という思いから新たに鼻を描き直した事だ。90年代に青春時代を過ごした他の多くのコミックファンと同様、フィリップもジムの大ファンであり、「コミックアーティストになる!」という大いなる夢を抱いた少年にとって最大のアイドルだった。そんなジムの鉛筆画に、成長した一人のアーティストとして向き合い、自分自身のインプットを「手直し」として加える。コミッションとして表舞台に出る事の無い絵ではあるが、間違いなくフィリップ・タンという希代の画家のアーティスト歴において、ひとつのハイライトになったに違いない。

コミッションを依頼したジム・リーの側近が、フィリップが新人の頃に参加した2003年のWizard World Chicagoのマーベルブースでのサイン会の様子を綴った覚書がウェブ上に載ってあった。「マーベルブースで(Salvador) LaroccaとTanという新人がサインやスケッチをしていたが、ほとんどのファンはLarocca目当てでTanが何を描いているかすら知らなかった。今度のUncanny X-menのペンシラーだぞ。ウルヴァリンやアイスマンやナイトクロウラーとか。彼らはまた戻って来る。」側近の彼も早くからフィリップの才能に着目しており、そして10年の時を経てジム・リーのインクジョブをコミッションという形で依頼する事になったのだった。
tan nightw <画像>2013年作。ナイトウィング


私がフィリップと初めて出会ったのも、もう8年くらい前になる。本当に偶然に出会ったのだが、今思えば運命的なめぐり合わせだった。

学校の休み時間にクラスメートとキャンパスの近所にある喫茶店にタピオカミルクティーを買いに行った時の事だった。あの日の出来事は衝撃的すぎて未だに覚えている。親友のリンダがお父さんのお下がりでベンツを譲り受けたので、ハンクと私を連れて昼休みにドライブした帰りに喫茶店に寄った。端のテーブルに二人のアジア人が座っていて、大きな画版の上に紙を乗せて一生懸命に何かを描いていた。当時のフィリップはまだ痩せており、スラッとした長身でなかなかハンサムなオタクだった。

あの人は何の絵を描いているのだろう?と何故か凄く気になった。今ならあれがコミックの原稿用紙だと一目でわかるのだが、あの当時はまだコンベンションに行った事がなく、本物の生原稿もまだ見た事がなかった---あの時、興味を持ってじっと眺めなければ、今の私は無かっただろう---「何か大きな紙の上に絵を描いている人がいる」それくらいの認識だった。近づいて絵を覗いて驚愕した。見た事がないくらい上手な絵で、描いていたのはホークアイだった。

あまりに凄腕の絵描きだったので思わず話しかけてみた。
「凄くですね!こんなに上手い人が間近で描いているのを見たことがないです!ホークアイですよね!ついこの間、ベンディスが殺しちゃって残念です!(当時はAvengersでホークアイが死んだばかりだった)」
見ず知らずの学生がズケズケとやって来て、厚かましく話かけているにも関わらず、フィリップは紳士的に話を返してくれた。
「ありがとう。君はAvengers読んでるの?」
「DCもMarvelも読んでますよ~。しかし本当に上手いですね。プロなんですか?これ原稿なんですか?」
「プロだけど、これはコミッションでMarvelに描いているものじゃないんだよ。」

これが初めて目にしたコミッションだったわけだが、当時の私はコミックコンベンションに行った事もない学生で、勿論金もなかったのでコミッションが何なのか知らなかったし、買えるような代物でもなかった。原画やコミッションを買い始めるのはこれから少し先の事だった。

――余談ではあるが、このホークアイのコミッション、ベルギーのコレクターのオリヴィエ氏向けに描かれた物で、氏とは2012年にNYCCで遂に初対面した。鉛筆画のオリジナルはオリヴィエ氏が保有しているが、鉛筆画のスキャンから印刷された線画(Blue Lineと呼ばれる)にBob Mcleadという名人インカー(機会があればこのブログで紹介予定)がペン入れした画を私が現在保有している。
Philip20Tan20Hawkeye.jpg
<画像>運命のコミッション。スキャン画像を元に名手Bob Macleadがインク。


ついつい興奮して少しの間、話していたらプロとしてSpawnを描いているという。Spawnはその当時は読んでいたので、そこでこの人はフィリップ・タンなのか!と分かったのだが、こんなに近くに住んでいるとは夢にも思わなかった。いつのまにか、今度のSpawnの#150はエポックメイキングな号になるという話をしてくれ、まだ描いている途中のレイアウトを見せてもらい、本当に見ず知らずの私に親切すぎるくらい優しく接してくれた。最後の別れ際、あまりに絵に魅せられてしまったので、このコミッションというものを是非ともお願いしたいです、と言ったのをはっきりと覚えている。フィリップは今は忙しい上にリストもいっぱいだ、という返事だった。たった5分も話していないはずだが、まるで魔法にかかってしまったような時間だった。

それからというもの、コミックコンベンションに足を運ぶようになった。フィリップとArt Repのカークとはそういった中で、コンベンション会場で顔を合わせる内に仲良くなった。LAのコンベンションには、ライアン・ベンジャミンとショーン・ギャロウェイもよく来ていたので彼等ともそこで知り合いになった。

やがて数年が経ち、日本で私もサラリーマンになり、久しぶりにLAに旅行へ行き、第一回開催のロングビーチコミックコンで久しぶりにフィリップとカークに会った。長年待ったコミッションを遂に受け取る約束だった。フィリップが「出来てるよ。」と言って出してきたのは闇の街に向かって颯爽と走りだすバットマンとロビン。
Philip20Tan20Bats.jpg
<画像>インクウォッシュ。長かった。だが本当に待った甲斐があった。

よく意外と言われるのだが、コミッションという形でフィリップに描いてもらった絵はこの一枚しかない(カークから買った事は何度もある)。勿論、また手が空いたときにコミッションを是非ともお願いしたいな、という野望が渦巻いているけれど。
Tan JLA<画像>New52のJustice League of America原稿

2012年、2013年の海外マンガフェスタでついに日本にやってきたフィリップ・タン。これからも日本に来る機会があるかもしれないので是非とも皆さん応援宜しくお願いいたします。なんと、そんな彼がグラント・モリソンとタッグを組んだバットマン&ロビンが来年2014年に邦訳刊行予定だそうです!私も彼の関わった作品が邦訳されるという事で大興奮です。お楽しみに!
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Yokkun

Author:Yokkun
どうもこんにちは!

小学生の頃に読んだ小プロX-menがきっかけでアメコミに目覚め、学生時代にアメリカに留学してからは、火に油を注ぐように古いものから新しい物を広く浅く読み漁ってきました。

おもに原書のエピソードや、好きなアーティストの作品の紹介をしようと思います。そして、まだ日本にはあまり馴染みのないコミッションという習慣も取り上げます。 

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